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| このページは想像を混じえた 『私個人の歴史観』です。 | ||||
| 江戸時代の港町”御手洗”の歴史観 ☆☆☆ 北前船の集まる港町 御手洗 ☆☆☆
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◆ 歴史背景 *1b ”戦国時代”、織田信長、豊臣秀吉、武田信玄・・・等々、戦国武将が群雄割拠して争った時代の庶民生活は決して豊かとは言えないでしょう。 農民一揆などが頻発し、栄養失調や餓死者も大勢いました。 しかし関ヶ原決戦(西暦1600年)を境に時代が移り、大坂冬の陣、夏の陣(1615)を経て、戦(いくさ)のない時代が到来しました。 すると忽ち人々は豊かさを求めます。 食糧はもとより、衣服も住居も、嗜好品、日用品、雑貨、娯楽・・・あらゆる品物を 急激且つ大量に必要とする時代が到来しました。 それが江戸時代です。 ◆ 米の大量輸送と日本海〜瀬戸内海航路の始まり しかし重い荷を積んだ船が日本海や瀬戸内海を帆走するのは如何に困難で危険だったか・・・? 現在こそ船舶にはエンジンが付き、日本海の荒波や瀬戸内海の潮流も、狭い港湾の入出港も当り前ですが、当時、帆布がも麻から木綿になった(軽量化)のが大進歩という時代です。 勿論、天気予報もありません。 航行中に天候が急変すれば、入港は愚か陸地に近づくこともできなくなります。 電話で救援を求めることもできません。 停泊中でも 台風や強い風波を防げる防波堤もありません。 瀬戸内海は潮流に逆らって進むことはできません。 暗礁や浅瀬も(現在より)沢山ありました。 潮流が変る前に目的地に到着しなければ、漂流か座礁の危険に曝されます。 しかし先人たちは、各所に「風待ち潮待ち」の港を整備し、高度な造船技術や航海術、海の守り神として住吉大神を祀る神社も各地に建立、船内にも神棚を設けるなど、あらゆる英知で克服しました。 ◆ 航路整備 しかし経済が活発化し物流が盛んになると、大型船の千石船も建造が認められ1672年には、河村瑞軒に命じて航路整備が進みました。 河村瑞軒は豊かなアイデアを駆使して、全国で土木工事などを請け活躍した実業家です。 航路整備と言うのは、『瀬戸内海には各所に港を開き、風や潮流変化により遭難しそうな船や、入出港時など、近くの港から救援可能になった』 という意味だろうと思います。 日本海沿岸や、瀬戸内海の島々には(その後、太平洋沿岸や日本全国にも)、次々港が開かれました。 それにより瀬戸内海は 千石船など大型船の”沖乗り航路”(大海を最短コースで航行)が可能になり、津和地(伊予)から御手洗までは斎灘を一気に航行可能になりました。 ◆ 北前船の集まる港町 【御手洗】の発展 *1c そうして御手洗には1666年頃から人が住み始め、 港の機能として ”茶屋”(遊郭)も設けられました。 御手洗港には、北前船と共に大量の物資が集まり、それを扱う問屋や豪商人も住みつき、中継貿易港として一躍 西日本随一の繁忙港に発展しました。 そこには大勢の人が訪れ、新しい情報も飛び交い、娯楽施設や神社仏閣も建ち並びます。 人形芝居や上方歌舞伎や、大道芸人も来演します。 遊女たちを囲う『茶屋』が建ち並び、「富くじ」も行われる様になりました。 こうして新興港町は、全国に名を馳せる繁華な商業港として年を追う毎 隆盛しました。
◆船 宿 *1g
2.御手洗の街並みと色街の情景 *2
◇お歯黒(おはぐろ)伝説 カムロ(花魁の世話をする少女)「しげ」は煮えたぎったお歯黒液の入れ物を持ってきた。 花魁「八重紫」は急いで つけ始めたが、その日に限って上手く付かない。 幼いカムロ(10才)「しげ」は、入れ替え差し出すが、どうしても上手くつかない。 「しげ」は八重紫の横顔を見てハラハラしていた。 一方座敷からは三味や太鼓の音が鳴り響き『八重紫はまだか〜〜!?』と矢の催促がかかる。 客は花魁をとるには、莫大なお金を払い、周りの紹介人にも祝儀を与えねばならない〜〜〜。 八重紫は厚化粧の額に青筋が浮かび、いきなり煮えたぎったお歯黒を「しげ」の口に注ぎ込んだ。 「しげ」は悲鳴をあげ、口から黒い血を吐きながら支度部屋の壁を掻きむしる様にして死んだ。 それからは、鏡に向かう毎、死んだ筈の「しげ」が現れ、今を盛りの「八重紫」も背筋が寒くなり、四国88カ寺を回って、「しげ」の霊を弔おうとした。 しかし巡礼の宿でもまた現れ、一言残しては消え・・・、そうして後を追う様に「八重紫」も亡くなった。 それからは、若胡屋では遊女が、100人になると一人亡くなりということが繰り返され、99人で営業したといいます。 白壁に残ったすげの手形は、何度壁を塗り替えても、決して消えなかったそうです。 そして「八重紫」の墓は若胡屋の中庭に移されています。 ◆ おちょろ舟 そんな情景は、北前船が役割を終えた後も、御手洗に寄港する機帆船などを相手に売春防止法が施行される(昭和32年)まで引き継がれていました。
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