| ホーム | *****************************
台湾赴任中の帰国 & 移動記録

************************************

     2003/12/05(金) ; ≪備北丘陵公園 ・・ Winter illumination≫
 イルミネーションは 以前,神戸のルミナリエが有名だと思っていたが最近では至る所で催されて
いる。 早速,出掛け準備をして備北丘陵公園まで片道2時間のドライブに出掛けた。 
17:50目的地到着。公園一杯が色とりどりの電球で飾られると不思議な幻想の世界が現出する。

      2003/11/01(土) ; ≪大山 紅葉狩りドライブ≫
 朝≪晴≫9:00出発 → 横田(昼食) → 木次 → 伯太 → 溝口 → 舛水高原 → 東伯 →    → 東大山 → 鏡成高原(Coffee break) → 日南 → 西城 → 21:00帰宅  ≪470km≫



*2003-10

2003-10/19 Sun 〜 21 Tue ≪タイ旅行≫

日本に帰国してしまうと タイまでは非常に遠くなる。
慌しい日程ではあるが,高雄からバンコクには直行便も飛んでいるので この際友人に会いに行った。
但し,本当の駆け足--,いや全力疾走旅行なのに加え,丁度APECの総会が開催中でバンコク市内は所々で通行規制があり,観光は全くできない。

  10/19(日) AM 家事,旅行準備 -- PM ** CI 647B 高雄 -バンコク 15:00-17:35
  10/20(月) AM ゴルフ, PM 見学,ディナー
  10/21(火) AM 移動&見学 -- PM ** CI 648B バンコク -高雄 18:40-22:50

タイは 私は始めて訪れる国。 第一印象は
  まっ平らで広い。 緑が多い。 地平線が見られる。
  おおらかでガツガツしない。 きれい好き。 街がきれい。
  料理は結構唐辛子が多い。 特有な隠し味がある。 果物が美味しい。
  太った人がいない。女性が美しい。
 こんなところかな ・・・ ?






*2003-08
≪日本帰国≫ 2003-8/02(土) 〜 8/17(日)

- 業務のため次の日程で一時帰国。
8/02(土); 高雄発6:40AM。 台北・福岡経由 我が家着15:00
8/03(日);
神の倉
8/04(月)、05(火);
健康診断
8/06(水)、07(木);
雑用
/08(金); 墓参り

8/09(土)、10(日)
; 神の倉
8/11(月); 親会社(呉工場)を挨拶訪問
8/12(火); ドライブ(浜田市)
8/13(水); 神の倉フライト
8/14(木); 明石海峡大橋→しまなみ海道ドライブ
8/15(金); 神の倉フライト
8/17(土); 帰台(我が家7:45→福岡 -台北→ 高雄空港→ myアパート19:15)

 8/02 Sat ≪帰 国≫
高雄のアパート発5:20。≪高雄→台北→福岡,博多→広島≫飛行機・新幹線を乗り継ぎ,15:00 我が家到着。

今年は台湾は格別暑くチョッと熱さバテ気味だったが,日本は今日から真夏の暑さになった。
どちらも同じぐらい暑い。 
しかし,日本の日射しは台湾に比べあまりヒリヒリしない。
  
 8/03、09、10、13、15 ≪神の倉---(【神の倉】関係は下記に一括表示)


 8/04(月),05(木)≪健康診断フォロー≫
やはり,外地勤務dでは健康については最も注意しなければならない。
勿論,現地にも立派な病院はあるが 習慣も違うし言葉も不自由なので,いざという時は日本よりももっと心細い思いで 右往左往しなければならない。
そんな訳で帰省した時は(大体1年毎の)健康診断のフォローをする様にしている。
 8/04は県病院(眼科),8/05は済生会病院(内科=会社の健康診断で引っかかった項目のフォロー)に行った。 場合によっては色々な検査や,その結果がでるまで何日かかかるというケースも覚悟はしていた。 しかし,何れも【異常なし】で 1日で済んだ。

 8/06(水), 07(木), ≪ ・・・??? ≫
久しぶり帰省するとやりたいことが沢山ある。 あれもこれも気になるが・・・,しかし中々手につかない。
庭の木もぼうぼうに追い茂ってしまい・・・、何とかしたいが,暑いし・・・,一旦手を付けるとチョッと収拾がつかなくなる。

  8/08(金)
 昨日接近したの台風10号の余波で,フライト不可だろう。 不気味な雲が速いスピードで流れている。 会社(日本の親会社)にも挨拶に行ってみようとしたが、丁度 台風10号の接近でバタバタしている様だったので急遽延期。
久しぶりドライブでも出かけようというと,うちの奥さんは『急に言われても・・・』と言って乗り気でない。
結局,近場でスーパーとか,デオデオとか,ホームセンターとか・・・。
 結局チョッと早めだが奥さんの里(鈴張)に、盆の墓参りを済ませ,後はパソコンとテレビの番をするだけ」という極めて非効率的な日程配分になってしまった。
最近,台湾は凄く暑かったし,私には暑さバテ気味だったので骨休めにはなったが,狭い家の中で只,ブラブラして過ごすことに うちの奥さんはず〜っと不機嫌だった。


------

 8/03 Sun ≪神の倉 Kannokura≫
早速 朝8:00に稲垣さんに電話をした。
奥さんが出られ『稲垣(旦那)さんは今日,午前中は神の倉草刈りのため,早々と行った』ということだったが,必然的にSARSや台湾の話題になった。
例によってあのはしゃいだ声につられて しばらく話が続いた。

うちの奥さんは私が帰るなり苦言ばかり多く,あまり話をして
いなかったが,この電話を傍で聞いていて また苦言になった。
しかし,それはともかく・・・,午前中は二人で買い物に出かけた。

そして午後,私一人神の倉には 14:30頃到着。
その時は既に,稲垣さんや時安さん・・・数人の
≪さすが組≫は 2時間あまりのフライトを楽しんだ後で・・・,ぶっ飛びや,風待ちで空しく過ごしている≪一般組≫とは完全に【対象的】だった。

15:00頃 風向きが良くなり,私も含め10人余りテークオフした。
しかし,全ての機体は TO付近の高度【±50m】範囲に集中,サイチャに比べると,かなりの過密の中で約40分飛んだ。
その後もしばらくこの状態が続いたが,私は上がる車がなく,指をくわえながら眺めていた。

この間,木村さん,小島さん,黒田夫妻,河原さん,石井さん,徳永さん,武さん,井口さん,神谷さん,友井さん,広大生・・・,しばらくぶりなので皆の顔が懐かしかった。
この間,1年足らずだが この神の倉女性の中には以前と一味違う美しさに輝いて見える人もいる。

そして,次に上がった時は完全なぶっ飛び状態,低空からの写真しか撮れなかった


8/09 Sat PM ≪神の倉≫
台風の余波が消える頃合を狙い私は14:00頃 神の倉到着した。

所が稲垣さん,石田さん,井口さん・・・,といった超級中毒組や広大生など大勢の人は,私よりずっと早くから集合していた。 

しかしTOはまだ10m/secぐらいの強風でフライトは不可。
  
そんな時は立上げ練習や・・神の倉の好い所は小脇さん始めメンバー全員の力作であるあの団らん小屋で楽しい雑談に花が咲くことである。

メンバーは入れ替り,立ち代り切れ目なく話が弾んでいる。
中には 小屋番の様に貼りついている人もいる様だ。
そして待った甲斐あり,やっと16:30頃 フライト可能になるや,真っ先は言うまでもなく稲垣号。
続いて 福伝さんと 私,広大生・・・・と,全員がぶっ飛び。

しかし,これ一度では飽き足りない稲垣さんは また・・・。 私も 誘われ,もう一度神の倉に上った。
   
この時はもう茜色の夕日が沈む頃で無風に近かった。---私は皆のサポートで,やっとテークオフできた。---------

勿論ぶっ飛びだが ランディング時,意外に伸び,アウトランしてしまった。
その後は,お決りのトイレ掃除。

だが・・・,もう 真っ暗い神の倉テークオフに 今から 私一人で上がり,トイレ掃除するのを 気の毒に思ったか・・・, 心の優しい稲垣さんは,私と一緒に上がって手伝ってくれた。------------ 最後のフライトは夕日の沈む頃

 
8/10 Sun ≪神の倉≫
↓ 荒谷山TO上空から
今日は久々,少し心地好い思いをした。
私が 10:30頃荒谷山TOに着いた時,稲垣さん,工藤さん,福伝さん・・・という超級 中毒者達は 早々とテークオフした。
しかし,皆, 一度もトップアウトなく もがきながらサブランに降りた。

私はしばらく様子をみて 11:05テークオフ。
やっぱり中々好いサーマルに当らず・・・,苦しみながら・・・,本当にやっとトップアウトできた。

これを見ていた高石さん,近藤さん,利弘さん,徳永さん・・・,が相次いでテークオフし,一緒に 約1時間ぐらい荒谷山上空 +500〜800m でのフライトを楽しんだ。
土師ダムはすぐ近くに見える。 遠くの山並みも はっきり見えて・・・中々心地好い。

この頃は 最初に飛んだ 超級 中毒者達も TOまでは戻っていた様だが,その後の コンディションは好くならず,遂に トップアウトする機体は見られなかった。
私も その後 3本飛んだが,いずれもぶっ飛びに終った。

8/13 Wed≪神の倉≫

今日も先日(8/10)と同じ様なコンディション。
荒谷山は 昼前に上げ始めた。 最初 武さんが上げたのを見るや,稲垣さんのテークオフは素早い。
続いて倉田さん,井口さん,私,河原さん,石井さん,・・・,と続いて全員が +1000m ぐらい上げた。
雲の中に入った人もいるが,とにかく・・・アッという間に雲に近づくのは爽快だ。

しかし,チョッと寒いので,私は 皆より少し低めの高度を選んで しばらくフライトしていたら,ある時点を境に,急にコンディションが下がり,全くなす術のないままランディングしてしまった。
フライト時間 約40分。

サブランに降りたら橋本さんが Pick up に来て呉れた。
彼女と会うのは しばらくぶりだが,少し成熟して落着いた容貌になっていた。
しかしその後,コンディションは二度と好くならず,ただ ぶっ飛びを繰り返すだけだった。

↓- 荒谷山テークオフからの眺め --

8/15 Fri≪神の倉≫
天気予報では昨日の雨が上がりきれず,フライト不可の筈だったが案外好い天気になったので午後神の倉へ行った。
しかし,今日は 盆の中日とあって 殆ど人は来なかった。
それでも 石田さん,稲垣さん,小脇さん,福伝さん,是枝さんの5人が荒谷山TOに上がっていたが,風の関係なのか・・・?誰もテークオフしない・・・。 やがて 足刈さんがきて 私も一緒にTOに行った。

しかし,今日のメンバーは数人だけで 如何にも寂しい。
結局,今日は全員ぶっ飛びで,幾人かは早めに帰った。
フライトは 私はぶっ飛び2本だけだったが,その後来た人もあり,最後まで残ったのは稲垣さん,利弘さん,別府さん,石田さんと私の5人。 東屋では 陽が暮れてかなり暗くなった19:30頃まで雑談が続いた。


≪神の倉の人達≫
-- -最近 この人はパラに相当凝っている。
-彼女式の 薄っすらと日焼けした黒光り化粧法が すごく魅力的。
神の倉には 彼女とそっくりな人が もう一人いるので写真ではどちらの人か 区別できない筈。

- テークオフ サポート

---- プレジャークラブの meeting --- 風待ち(神の倉TO)

  8/11 Mon ≪親会社訪問≫
 私は台湾で働いているとは云え,出向なので日本の親会社の呉工場に在籍している。
今回は≪SARS≫問題があったため,10ヶ月ぶりの訪問だったが,この間に生産設備縮小や,定年で年配者の多くは既に退職しているし,昔動いていた設備も廃止されたりして・・・大分 寂しくなっている。
今,私が属している台湾の会社とは随分違った情勢になっている。
しかし,沢山の知人もいるので過半日をここで過した。

8/12 Tue≪浜田 ドライブ -- Driving to Hamada

別に目的がある訳ではない。 でも偶には うちの奥さんとも 何処かに行って昼食でも・・・と思いたち,二人でひとまず 芸北路を走った。 先日の雨で水量の増した大田川はいつもよりずっと豪快だった。

走りながら,車中で≪新鮮な魚を・・ 食べ,少し買って帰り,台湾への土産も・・・≫という目的を考え,結局目的地を 芸北町から 大佐を経て浜田に向けた。
この目的では ”お魚センター”に行って,腹ごしらえし,魚類の買物をして帰る。 ただそれだけである・・・。

 道中,奥さんは眠ければ眠り,ステレオを聞きたければ聞き,景色を見たければ見,本を読みたければ読み,何か食べたければ食べ,時には話をしたり,喫茶店に入ったり・・・,私はただひたすら運転するだけ・・・,こうして家から離れた所を走っている間は 雑事を忘れ,気分転換や,色んな発想やひらめきが出る。
帰りのお決まりのルートは 国道9号線を 江津で分れ,桜江町から吉田を通って帰る。
このコースは、特に雨天の時,江の川の中洲が小雨に煙り,テカテカに輝く車道を 時に水しぶきを撒きながら ばく進する。 そして雲というか霧雨というか・・・対岸の鮮緑色に洗われた山や谷間から 湧きあがりながら蒸発していく。 そんな風景が 私達の眼と心を魅了する。
但し,今日は天気晴れで普通の景色だった。 総行程 約 300kmn。 19:00 帰宅。
 

8/13 Wed ≪神の倉 Kannokura≫

8/14 Thu  明石海峡大橋→しまなみ海道

-- 明石海峡大橋まで
明石海峡大橋も,しまなみ海道も開通はいつだったか?。 大分 久しくなるが私はまだ通ったことがない。 しかし,それにしても・・・, 今日は天気予報でも 朝から 1日中,止む予定のない激しい雨であるが ・・・,しかし,今回は明らかに私達の予定が先約だ !!
天気の方が勝手に雨を降らせているのであって, 何も私達の方が合せねばならない道理はない !! 。 こんなことを考えながら 朝からの激しい雨を衝いて, 7:30 my奥さんと二人で自宅を出発。

奥さんは助手席で 例によって眼を覚ましたり,また眠ったり,何かを食べたり,飲んだり,時々気がついた様に何かを話し掛けてきたりしながら・・・,私は山陽自動車道を一路 東進した。

途中何処だったかSAで一度休憩した後も,全く弱まる気配もない雨の中。
今日は 高速道路には ≪制限速度は 50km/h と明瞭に表示されている≫が,他の全ての車と同じ様に90〜100km/h で走り,三木JCTから”神戸淡路鳴門自動車道”に進路を変えた。

天気が好ければもっと 色々な景色が眼に写るだろうが・・・,今日は道路意外は何も見えない。
車はそのまま走り,明石海峡大橋は あっけなく 自動的に通過 ・・・。
この橋を乗用車で通過しながら見えるのは≪海と雲と空が一体化したグレー 一色≫の景色であるが,しかし,やはり,≪海面上 297m≫という橋塔はさすが・・・高い・・・!!
橋塔が高いことから 橋の巨大さが感じられる。
通過 直後ひとまず淡路SAで 橋を外から眺めながら 昼食休憩とした。
ちなみに橋の 全長は 約 4,000m。
私の計算では 地球は丸いため, 2本の橋塔間の距離は≪頂部の方が 脚部よりも 約 10cm も長い≫ことになる。

淡路島内の道路
淡路島SAは 13:00出発。 島の道路は海岸線の見える小高い丘や 山に近い所を走る。
季節によっては沢山の花が咲き乱れる ”花の島” とも 美麗な ”花街道”とも聞いている。
私達がドライブに行く一つの主要目的は, そんな風景の中を突っ走る醍醐味を味会うことであるが,今日はその代りに,運転席のワイパーで掻き取られる狭いすき間から,広い 道路と 前を走る車のテールライトと水しぶきが見えるだけである。

ローカルのラジオは今日は”阿波踊りが開催”のため 鳴門 IC出口付近の渋滞を伝えているが今の所 順調に流れている。 奥さんは何をしているか分らない・・・。 眠ってもいない様だが,別に話しをするネタもない。 この当りは自宅からの最遠地点なので 私は帰宅のコースや そろそろ時間を計算しながら 黙々と 運転している。


大鳴門橋
もう何年前になるか ここには瀬戸大橋を渡ってきたことがある。
その時は霧雨のため 橋が半分しか見えなかったが・・・,ここ ”鳴門の うず潮” は
私が推奨する絶景のひとつなので ,その後も何回か来ている。
今日も 雨の中だが,視界は 鳴門海峡全体が見渡せる。

今は大潮とあって 橋を渡りながら あちこちに 巻いている ”うず潮”が見える。 天気の好い時は,これが・・・
≪紺色の海,豪快な真っ白い渦潮,真っ青い空,対岸の真緑の山≫の見事な コントラストをおりなすのだが・・・。

しかし今日は 雲と空と海が一緒になった グレーのスクリーン上に,申し訳程度に白い 幾つかの渦潮を,ガラスに雨滴の付着した窓越しに 眺められた。 大鳴門橋を過ぎ 小鳴門橋当りから 鳴門 IC出口の左車線は渋滞が始まった。

最初,天気が好ければ鳴門で下りて,何処か散策することも考えていたが,今日は その気は起らず,中止して帰途についた。



徳島自動車道→松山自動車道
以前・・,といっても,もう何年になるか?。・・・鳴門から藍住までは鳴門市郊外の大谷焼きの町(大谷)や東ドイツ館の近くを 通っていた。
今は高松自動車道 板野ICを下りると,藍住ICまで簡単に行ける。
徳島自動車道開通までは 延々と一直線に流れる吉野川は 他のどの川よりも美麗だ。 川沿いには脇町や,歌津とか,半田町とか・・・往時の風情を感じながらドライブしていた。

しかし,今回は高速道路では あっけないというか,物足りないというか・・・,勿論 一般道は廃止された訳ではないが・・・。
しかし高速道路ができれば,人は便利なものしか利用しなくなるという心の矛盾を感じながら・・・アッという間に通り過ぎた。
池田を過ぎる頃から 山が険しくなるが,これも トンネルで訳なく通り抜ける。
天気が好ければ 四国山脈のあの険しい山や,崖や,崖っぷちをよじ登るのつづら折りの道路などの景色が印象的なのだろうが・・・。 雨は 依然として全く小降りになる気配もない。
ラジオでは 今日の阿波踊りは やっぱり中止になった様だ。

道は山中で そのまま松山自動車道に移り,伊予三島 - 伊予西條と視界に市街地が見下ろせる所を通過する。
しかし,今日は全て雨に 掻き消されている。 休憩も考えたが,結局 ノンストップで 伊予小松JCT から今治まで突っ走った。
今治に近づくにつれ ようやく雨が止んだ。
しまなみ海道
先ず来島海峡から大島には,三連吊橋 《来島海峡大橋 》が見事な 雄姿を見せる。
《三連橋の全長は 4000m 超 》天気が好ければ 下車して,眺望レストランでも探す所だが,今日は その気も全く起らず,ただ,車を突っ走らせた。
橋の上の 両側に来島海峡が眺望出きる・・・。
天気の好い時は 今の時間は夕陽の空や,ギラギラ輝く波,海に点在する無数の島々。
その間を行き交う沢山の船やその航跡・・・等 。
------

それを眺望する積りだった。


≪多々羅大橋≫
広島-愛媛の県境。大三島と生口島間に架る美しい斜張橋。
しまなみ風景に 見事に調和。
≪瀬戸田PA≫は”多々羅大橋” の見えるPA。
気がついて見ると 13:00 過ぎ淡路SA を出発後 トイレ休憩もなく 走りっぱなしだった。
しばらく休憩,夕食,買物し19:00前出発。 帰路 。
自宅到着 21:00
走行距離 680km


下は生口橋

8/16 Sat ≪帰台準備≫

8/17 Sun ≪帰 台≫
2週間の休暇は 普通の感覚では長いかも知れないが,しかし,自分にはバタバタしただけで,あっけなく過ぎた。

今日は朝 7:45 タクシーに自宅まで来て貰い、JRで矢野-広島,新幹線で博多 - 福岡国債空港発 12:20
台北国際空港着 13:30(時差 -1時間あり)、松山空港(台北 国内線専用空港)までバス移動
松山空港発 15:50 - 高雄着 16:30。 アパート到着17:15
従って 自宅(広島)から 高雄(アパート)まで 所用時間 10.:30分。

------



*2002-12

  日本帰国≫2002−12/06(金) 〜 12/12(木)

- 業務のため次の日程で一時帰国。
12/06(金); 高雄発6:40AM。 台北・福岡経由 我が家着15:00
12/07(土); ( 昼間 自宅 )
, (夕方) 神の倉
12/08(日);
(昼間) 神の倉,夕方 大阪へ(泊)
12/09(月);
業務(大阪工場,本社)
12/10(火);
業務(本社)
12/11(水)
; 神戸,明石海峡大橋,六甲
12/12(木); 関西空港 -台北経由→ 高雄空港 19:40 帰台

- -
台北空港にて
日本の風景(新幹線より)

  2002-12/07,08 - 土SAT,日SUN
神の倉 講演会 Kannokura ; Lecture ” paragliding”≫
滅多にない帰国なので 今回も 神の倉で是非飛びたかったが・・・。
残念ながら土曜日は朝から雨・・・,日曜日も雨混じりの曇天でフライトは出来なかった。
しかし,ラッキーだったのは 12/7夜〜12/8午前 にかけて 井原会館で 設定されていた小野寺久憲氏の パラグライダー講演会に 折よく 参加出来たことだ。

小野寺さんは元プロの航空機パイロットという。 説明は 理論的でしかもすご〜く分り易いので,私達(40〜50人いたのかなぁ?)にはものすごく有益な講演だった。
両日に亘って 飛行の際の迎え角,失速に関すること,レスキューパラシュートについて,場周ランディング
フラットスピン,・・・スパイラルダイブ・・・etc. 具体的に教えて貰った。

土曜日夜は クラブハウスで小野寺さんを囲むディナーパーティ。
小野寺さんは神の倉エリアが フライヤーの完全ボランティアで運営され,このクラブハウスも ハングの皆さんの手造りと聞いて随分感激しておられた。
日曜日も 結局デモフライトはできず・・・。
1時間ぐらい 立ち上げ指導している中に 雨がポツポツ・・・で,前日に引き続いて講演を聞いた。 凄く興味深い話なので時間はアッという間に過ぎた。
しかし,私は 今日(12/8)は 夕方から 大阪に移動,大阪での業務終了後関西空港から帰台 という既定スケジュールがあるので 正午過ぎ退散。

12/09,10 - 月MON,火TUE
会社業務 Business event
今回出張の主目的は 親会社(私の出向元)でのQC発表大会に参加のためである。
台湾からは8人参加(直接 関空から大阪入り)し 発表することになっている。 私はその取次や通訳や雑事を行う。
月曜日はAM ;大阪工場見学及び交流,PM ;発表練習(日本語代読者との調整等)。
火曜日は全社大会,終了後打ち上げ会。
例年ながら我社(台湾)チームの発表は 中々 堂々としている。
  2002-12/11 (水)WED
神戸,明石海峡大橋,六甲
台湾から訪日メンバー8人。 いつもなら 京都-大阪が定盤コースなのだが・・・,京都は既に見た人が多かったので,今回は”神戸→明石海峡大橋→六甲→南京町”を案内した。


神戸異人館巡り Kobe ”IJINKAN” routing
神戸といっても街は広い。
限られた時間に案内できたのは 北野の異人館の中の一部だけだが・・・。
三宮駅で下車し,山手に向かって徒歩約10分 ポプラ並木の美しい北野坂を登って行くと異人館巡りのベースストリートとなる【異人館通り】や【北野通り】と交叉する。

この当たりに来ると,神戸の街や 神戸港を眼下に見下ろす 小高い丘の中腹には 日本式とは造りの異なる モダンなスタイルの異人館や,ブティックやショップ,おしゃれなカフェやレストランが,沢山散在してくる。
 明石海峡大橋 Akashi canal bridge
JR舞子駅で下車すると,明石海峡大橋は 目の前に姿を現わす。
全長 ;3900m,主塔の高さ ;300m,主塔間距離 2000m ・・・ 。
世界一の巨大吊橋だが・・・,
しかし,いざ掛かってみると広い海が 川の様に狭く見える・・・から不思議だ!。
橋全体も自然の景色に溶け込んで コンパクトに見える・・・! 本当に不思議だ・・・!。
しかし,ここに来ると海は やっぱり広い。 結構大きな船が頻繁に行き交っている。
その巨大船に比べても,遥かに比べ物にもならない巨大橋が貫禄を現してくる
写真に撮ろうとしても中々うまく入らないし・・・。 一部分だけでは全く写真にならないし・・・。
角度を選んで全長を撮ろうとするが・・・,向こうの方は小さくなって霞んでしまう・・・。
メインワイヤーの断面模型
 六甲夜景 ”$1,000,000”Rokko night view
JR六甲道駅で下車,バス20分で”六甲ケーブル下”に着く。
ここから,2両編成のケーブルカーは急坂に合わせて45度の階段状の車両になっている。
乗客は我々9人+ 2,3人。 登り始めると・・・車両の天井が窓になっていて,天井窓を通して 神戸の街を眼下に見下ろす
その神戸の街がだんだん遠くなり下界に貼りついた所が ”六甲山上”駅だ。
この間約10分,標高900m。 この日,そこは本の僅かだが雪が残っていた。

六甲山上駅の天覧台(=かつて昭和天皇が行幸されたという)から100万ドルの夜景を眺め,それから山上バスに乗って ”回る十国展望台”に行く。
ここは3階建ての回転式展望台で,お土産店もレストランもあると聞いていたのだが・・・。
”100万ドル”神戸の夜景
 南京町,元町商店街 Nankin-machi,Motomachi shopping town
時刻は19:30過ぎ。
元町駅のすぐ南,神戸に上陸した華僑たちが築きあげたリトルチャイナ”南京町”がある。
道の両側のちょうちんは最近 新調されたという。
本場中国の調味料や乾物等を扱う店,中国野菜を扱う八百屋,中国のお茶,中国風のバーガーやちまきだんご,ラーメン・・・等々道の両側には沢山の露店や中国風レストランが並び・・・,客寄せのには中国語も行き交っている。

また一本 別の通りに入ると,そこは”ルミナリエ”通り。
しかし・・・,点灯はあいにく明日から2週間という。
《1Kmぐらいかな?》通りに 設けられた沢山のゲートには何百万個の電球が点灯され,文字どおり光のトンネルになる。
南京町 南京町(長安門) 点灯は明日から=これはポスター






*2002-10
  日本帰国 2002−10/24(木) 〜11/06(水)

雲海上空飛行 松浦半島上空(唐津湾) 田園と雲;台湾では見れない風景

帰国中のスケジュール
10/24(木); 高雄my apart発5:00AM。 台北・福岡経由で帰国。我が家到着は15:00
10/25(金);
病院で健康チェック(診察),pmショッピング
10/26・27(土・日); 神の倉
10/28(月);
健康チェック(胃カメラ他)完了,pm釜山旅行申込み
10/29・30(火・水); 業務出張(関東エリア)
10/31・11/1・2(木・金・土); 釜山旅行
11/03(日);家事,HP作成他
11/04(月); ドライブ
11/05(火);家事,年賀状作成,稲垣さんのoffice訪問,帰台準備
11/06 (水); 福岡-台北経由→ 高雄 17:00

2002-10/26(土),27(日)
≪神の倉Kannokura≫
来週の平和カップに備え,テ−クオフじゅうたん貼り、ランディング草刈りRug arrangement(take off area) and Grass cuting(landing area)

今日は1日中皆で 草刈り,絨毯貼り・・・・・しかし この人の虫は その最中も 静まらない↑

10/27(日)
午前中は 昨日のやり残しの作業。 しかし午後になっても強風のためすぐには飛べなかった。
しかし.14:50風が少し弱まったのを見て,真っ先に稲垣さんを含む2,3がテイクオフ, 続いて私も・・・それから小脇さん、田中さん、他・・・もテイクオフ。 その後人数は増えずフライヤーは終始5〜6人だった。
コンディションは天気;曇,最高高度70m,これ以上は上がらないまでも沈みもしない。
結局1時間10分 久々の神の倉フライトに満喫できた
残念なのは最初からぶっ飛びを予想していたため カメラを用意していなかったことだ・・・だ!。

10/29火 TUE,30水 WED
≪業務出張 Business trip ≫

本件は帰国目的の一つ。 仕事の内容については触れないが関東地方のある会社を訪問した。
両日に亘り冬型気圧配置になり天気快晴。抜ける様な青空。
新幹線の窓ぎわに差し込む日差しは程良く眩しく,暖かく・・・,気持ちよい眠気を催す。
ビジネスでなければ、このまま那須高原か,鬼怒川温泉か,奥日光にでも1泊すれば・・・今頃は紅葉も真っ盛りなのだが・・・残念ながら,貧乏サラリーマンにはそうも行かない。
   2002/10/29(火)-30(水); 業務出張 to関東エリア
富士山;富士川より 富士山;三島より 茶畑;静岡
”やまびこ”東京駅にて 快晴の関東平野。 後方は妙義山、榛名山,赤城山,谷川岳辺り 日光連山
背景は那須高原 夕焼けの宇都宮市内、;宇都宮駅より
関東平野の夕焼けは最高に美しい


10/31木THU〜11/02土SAT
釜山 Busan ferry

つい先日(10/22)広島−釜山フェリーの運行が開始した。
これで行けば(実際は往復共 夕方出発−早朝到着だから2泊3日だが)釜山までは実質日帰り
同然で往復できるので早速乗りこんだ。
しかもツアー料金は 昼食、及び簡単な観光付きで¥11,000余り。
・・・少し張り込んで1等船室を予約しても 25,000円弱・・・。
私は過去何回か行っているので ただ,フェリーに乗ってみたかったのと本場で
石焼きビビンパとキムチを食べて見ようと思い立ち出発の2日前に申し込んだ。
-See- 広島〜釜山フェリー Busan ferry


11/04(月) MON
≪ ドライブ Driving ; seeking for red-leaves≫

例年なら山は今紅葉真っ盛りだ。 今年の紅葉は果たしてどうなのか?。
最近急に気温が下がったので 広大な山一面を覆い尽くす雄大な紅葉を期待しながら・・・。

うちの奥さんは本来なら 朝4時か,5時の暗い内に我が家を出発し,次第に空が白み・・・,
続いて朝もやがたち込め,そして谷間々々を埋め尽くす雲海が朝日に輝き・・・,やがて
ほの温かい太陽が私達の世界全体を射し始める。
こんな景色の中で 車で突っ走しらせるのが たまらないらしく いつも早朝出発を要求する。
しかし,連日の行動で 今日は多少疲れたのか・・・朝 8時 自宅出発となった。
-See- 人形峠〜戸倉峠 Driving route for red leaves
紅葉はまだもう少し・・・ 降雪中,樹木の白いのは雪です


11/06 (水)  ≪ 帰台 Returning to Taiwan ≫
上記記載の他にも, パソコンいじりや,年賀状作成やら,・・・それから 稲垣さんの事務所にも訪問,他・・・。 ともかく 10日余りの帰国日程はアッと言う間に過ぎた。 もう帰台の日になった。
行ったり来たりは慣れたとは言え,やっぱりチョッと気忙しい。
しかし,飛行機に乗ってしまうと,今日は雲が少なく 阿蘇も,桜島も,台湾の山々も非常にきれい
だった。 そして帰着した時にはもう 気持ちの中に 帰国中の余韻は 何もなくなり,日常の生活
パターンに戻ってしまうのは何か無味な感じがする。
福岡空港 離陸
Taking off from Fukuoka
阿蘇山
Mt. Aso
台湾の山なみ
Taiwan mountains






*2002-08
 日本帰国 2002−8/30(金) 〜9/08(日)
****** 2002 ** 8/30(金)〜9/08(日)** 【 総 括 】 ******
 今週は業務出張で帰国。 しかし神の倉にも訪問したが 台風15号の影響でフライトで
出来ずチョット残念。 その他は全て予定とおり 用事を済ませた。
業務は 台湾から直接成田入りした我社社員(4人)と 市川(工場)で合流し予定とおり済ませた。
滞在中ディズニーシー及び週末は箱根観光に案内し 9/08(日) 成田から帰台した。

帰国中の日程

 今回帰国は業務目的であるが,プライベート休暇や土,日を含め次のとおり。
8/30(金); 高雄my apart発5:00AM。 台北・福岡経由で帰国。我が家到着は15:00
8/31(土);
(本来なら神の倉予定 →台風15号の余波 で中止=奥さんサービス
9/01(日); 神の倉
9/02(月);
am〜pm県病院 眼科 (2月に処置経過確認)

9/03(火);
am〜新幹線で市川へ,市川グランドホテルにて台湾から直接来日社員
        4名と合流,
同 ホテル泊 〜(計5泊)
9/04(水); 出向元会社(市川工場)で業務 。 〜情報交換会〜,夜 ; 懇親会
9/05( 木); ---同 上 業 務 ---, 夜 ;
ディズニーシー を案内
9/06(金);
---同 上 業 務 ---。
9/07(土);
根 観光案内
9/08(日); 成田空港 14:15 発 〜台北経由〜 高雄空港19:35 帰台

帰国(8/30-金)
台風15号が九州西岸に留まっており,福岡空港行きは飛ぶのかどうか心配だった。
しかし,特に案じた程のことはなく時間どおり到着した。
飛行機は多分 台風のごく近くを飛んだ筈だが, 12,000m 上空では揺れも何もない。
ただ,こんな上空は いつも青空なのに,今日に限り ずっと曇りの中を飛んでいた。 これは台風の影響かもしれない。

    奥様サービス(8/31-土)
 今日は久々神の倉で飛ぶのを楽しみにしていたが,台風の余波でダメ。
予定を替えて 大した目的でないが,買物その他・・・,ドライブも兼ね二人で 車を走らせた。 夕食は プリンスホテル(宇品)の夕景が素晴らしいと聞いていたので行って見た。

 成るほど,ホテルの最上階から眼下に見下ろす広島市内と瀬戸内海に浮かぶ島々の景色,夕景から夜景に次第に変わっていく瞬間・・・,海と空と陸地と・・・,市街の灰色と島や山の緑と 海の色と・・・,それに群れをなし,列をなし,あるところは不規則な点状をなして 色とりどりの光が灯り始める頃・・・画面の分割比率も,配置も 配色も, 明るさも 密度も 鮮やかさも・・・,このようにバランスのとれた景観は珍しい。

我々の様な 舌の鈍い者には 食事の内容よりも,素晴らしい景色を見ながら食べることの方がもっとご馳走なのだから・・・。


神の倉(9/01-日)
台風15号は韓国に抜けたらしい。
しかし近からずとはいえ広島を中心にして半周を描くコースを ゆっくり進んだため,パラにとっては何日も長い間,影響を受け,私の滞在期間 2日では結局飛べず終いになってしまった。

昼前,稲垣さんに電話したら「皆がクラブハウスにいる」ということだったので会いに行った。
稲垣さんは勿論,山本さんご夫妻や,高見さんや竹井さんや浅野さんや徳永さんやハングの人・・・全部で十人ぐらいいたが,皆神の倉を好くしようと 真剣に討議している姿は傍目にも美しい。

T-嬢は (今日は藤本さんが来ていないのに)三原から一人で来ていた。
多分飛べると思って来たのだろうが,今日はいつもにも 増して顔の色艶が好いし,黄色いシャツもよく似合う

その後稲垣さんと,河原さんとT-嬢と私 4人でうどんを食べに行った。
車中,彼女は目下 なぜか・・?  ベッドや婚礼家具に興味があると云うので・・・, かどうかチョット聴いてみた。

本人は 頭から否定したが,もしかしたら・・・かも・・・?。


ディズニーシー(9/05-木)
今は,市川工場で 台湾から直接来日した社員4人と一緒に仕事している。
今日はディズニーシーに行きたいと言うので案内した。
ディズニーシーはディズニーランドと同系列のリゾートパークで 丁度 1年前(9月4日)にオープンした。 敷地はディズニーランドやディズニーホテル等と接し,これら相互間はディズニーリゾート線(鉄道)で結ばれている。

業務終了後すぐ工場を出たが現地到着着は18:30になった。
閉園が22:00だから,見学は 自動的に 3時間半が限度である。 園内はディズニーランドと同様,広〜いリゾートパークで沢山のショーやアトラクションがある。 しかし違いは全て海をテーマにしたアトラクションになっていることだ。

早速レストランで食事し,ショーを見学し,ショッピングを楽しみ,種々のアトラクションを楽しみ・・・,と廻るのが順当なのだが・・・!?。
何しろ人が多くて・・・・,花火のショーも一生懸命背伸びして やっと人と人のスキ間から見える程度。 レストランも・・・,アトラクションも・・・各テーマ毎 約1時間待ちだから・・・,見学時間 ;3時間半 というのは・・・,結果的には 景色を眺め 日本人のアベックを見に行った様なものだった。

それでも彼らには @ジェットコスターでのスリルA花火のショーと, B日本の女性の奇麗だったことが最も印象的だったそうだ。 何れの項目も 周囲が十分暗かったのは 最も効果的だった。

詳しくは是非こちらをクリックして下さい


箱根観光(9/07-土)
ここは,関東と関西を繋ぐ交通の要衝であるが,昔は随分険しい山道で”天下の剣”いわれた
難所である。 江戸時代には芦ノ湖の南端の元箱根には箱根関所設けられていた。
そして現在はこの少し先が箱根駅伝の折返し点となっている。

地形的には駒ケ岳を中心とする箱根火山と,それを取り巻く外輪山から成り, 芦ノ湖はカルデラ湖である。
箱根の水は東側の外輪山の切れ目から早川となって相模湾に注いでいる。
箱根温泉街は この早川に沿って下流から湯本温泉,宮ノ下温泉,強羅温泉等・・険しい山中の緑豊かな環境に立地している。

大湧谷は箱根火山の一つ早雲山の斜面から水蒸気が噴出している景色が有名。
谷の近くは湯気の熱気と硫黄の臭いがプノプンして歩きながら温泉情緒を味わえる。
温泉熱で茹でた”黒卵”は1個食べれば7年長生きできるそうである。

駒ケ岳は箱根園から101人乗りロープウエーで登ることが出来る。
眼下に見下ろす芦ノ湖と 外輪山の向こうに見える富士山は大きからず小さからず・・・バランスが絶妙だ。 西側外輪山を走る芦ノ湖スカイラインからは 芦ノ湖と富士山が 道の左右に交互に見られる。 南端は伊豆スカイライン・十国峠に連なり,箱根峠(東海道),湯河原道や熱海峠等が複雑に交叉している。

但し,今日は曇り時々雨。 残念ながら 富士山の姿は一度も見ることが出来なかった。
折角台湾から来たのに・・・, また 折角私のHPを見て戴く方にも絶景を紹介出来ないのが残念だ。 でも・・・,私はドライブ等で何回もきているが,夏この時期に箱根から富士山を見たことは本の僅かしかない。 むしろ,見えなくて順当と考えるべきだろう。

今日は7:30市川(ホテル出発)
コースは伊豆箱根鉄道の定期観光バスで
小田原9:30→大湧谷→箱根園≪駒ケ岳山頂(往復)・水族館・昼食≫→芦ノ湖遊覧船→箱根関所跡→十国峠≪山頂往復≫→熱海15:30
熱海では近くのホテル温泉に入浴後20:00頃 市川(ホテル)へ帰着。

詳しくは是非こちらをクリックして下さい

↓大湧谷 駒ケ岳ロープウエイ。
↓芦ノ湖を眼下に見下ろす
↓ 駒ケ岳山上
↓駒ケ岳をバックに ↓箱根園水族館 ↓ 芦ノ湖
↓ 芦 ノ 湖
↓ 箱根関所跡 ↓ 十 国 峠ケーブルカー ↓ 熱海にて



*2002-06
 日本帰国 2002−6/20(木) 〜/23(日)
        ******* 【沖縄フライト旅行 】 *******
 今回は予定とおり沖縄へ行き, 神の倉プレジャークラブメンバーとも合流した。
パラフライトのみならず沖縄旅行にも案内してもらったり・・・宮地さん始め沖縄ブリーズの方々には至れりつくせりのお世話をして貰い・・・・楽しいこと一杯の4日間だった。

今回の日程は次のとおり
6/20(木); 高雄から台北経由で那覇へ。 夜,神の倉仲間と合流。
6/21(金);
ホテルロビー集合→勝連エリア→勝連城跡→中村家住宅
--------→昼食,→平和祈念公園→米須海岸(立ち上げ練習場)
       →ホテル(シャワー),
--------親睦会国際通り”じんじん”)
6/22(土); 朝 7時ホテル出発→勝連エリア,→伊計島(海水浴場),
--------
米軍基地(基地開放日=昼食&夕食)
6/23(日); 朝 7時ホテル出発→
勝連エリア(フライト),→
       →那覇空港 19:55,→台北経由で高雄 22:00着

6月20日(木)

那覇空港 到着後間もなく(20時過ぎ)宮地さん,大村さん,大嶺さんが迎えて呉れた・・・。
一緒に夕食をご馳走になり,やがて22:00 稲垣さんも美女2人に挟まれて到着。
先着のプレジャークラブ(9人 ;意気込んで 今朝 4時頃 広島を出発して来たが,今日は
強風で飛べなかったそう)とは ホテル(北谷村 健康保養センター)で合流。
(来沖メンバーは総勢12人)

6月21日(金)
9:30 ロビー集合し,ともかく車4台に分乗して 勝連テイクオフに行ったが・・・,
風が強くい・・・。 明日と明後日の残り 2日に期待して今日は観光に切り替えた。

勝連城跡
近づいてみると, もう本職の観光客がぞろぞろ上っていた。
我々俄か変身の観光客には 城の由来について宮地さんが説明してくれたが,どんな内容
だったか覚えていない。
遠くから見た時はそれ程とは思わなかったが,殆ど垂直に切り立った石崖の上に立つと足が
すくむ・・・。
ここから見る沖縄の海は素晴らしかった・・・。でも,私たちは,ブリーズの方のお陰で
最終日に,この上空を飛び・・・,もっと素晴らしい景色を眺めることができた。

国指定重要文化財中村家住宅
280年前の建物ということだが,戦前の沖縄住居建築の特徴をすべて備えている。

平和祈念公園
沖縄戦末期,本島中部に上陸したアメリカ軍に追われ,既に武器も食料も失った日本兵は
猶も抵抗を繰り返しながら南部へ敗走した。
つまり,そこは一般住民の密集地であり,一般住民を 盾 にして・・・その後 海岸から
上陸して来るアメリカ軍と対峙したのだから・・・。

ここ,摩文仁一帯は大勢の住民は日本軍による虐殺と アメリカ軍の砲火に曝され・・・ ,
凄ましい悲劇の場所となった。 ちなみに6月23日は その敗戦記念日だそうだ。
ここの平和祈念資料館は 我々後世に生きる者は一度は見なければならないが・・・,
何度も見たいものではない・・・。
強風で飛べないとはいえ,平和で こうしてパラを楽しめるということは素晴らしい・・!。

親睦会(国際通り”じんじん”)
夜になると,沖縄ブリーズの方の人数も増え,盛大な親睦会となった。
色々な沖縄料理を食べながら,飲みながら歓談し・・・,
その後はカラオケ場で また・・・,独特な沖縄メロディ とブリーズの皆さんの美声を堪能した。
私はいつも審査員席が得意だが 沖縄対広島 ;カラオケ対抗は 明らか沖縄組の優勝だった

ホテル ロビーにて 勝連テイクオフ  ”やっぱり風が強い!!!” 勝連城跡
勝連城跡からの眺め--最終日には上空からも 私たち ここに何しに来たの? 珊瑚礁海岸
平和祈念資料館公園 摩文仁の丘 大嶺さんの華麗な立ち上げ模範演技
親睦会開会宣言 嬉しそうな顔 沖縄メロディー 熱演

6月22日(土)

私たちのために何としても飛ばせて呉れようと,沖縄ブリーズの方は朝7時前にホテルへ!?・・・迎えに来てくれた。 --こんな朝早い時間に・・・。 私など長い間 神の倉で飛んでいるが,・・パラのため朝 6時に自宅を出たことなどは一度もない。

それなのに,私たちの中に ”風おとこ” や,”最終日だけ男” が頑強に頑張っている。
結論は今日も強風で・・・超熟練 フライヤーの宮城さんの果敢な展覧フライト(一本だけ)を
見学し,伊計ビーチに移動した。

伊計島は与那城半島の突端からの陸繋島となっており,海中道路で繋がっている。
つきなみなだが風光明媚な海水浴場だ。
ここで ある人は泳ぎ,ある人は簾屋根の下で休憩し,そして運動神経抜群の神田さんは
初めてのウェイクボードに挑戦し あっという間に上達して・・衆目を集めた。
稲垣さん夫妻,竹井さん,榎本さんと私は グラスボートで しばし,沖縄の海と 風と 波に身を
任せ・・・珊瑚と 熱帯魚と 海辺の景色を観賞をした。


米軍基地での昼食
基地名は忘れた!。 沖縄では 3週間に1度 何処かの基地が一般開放される。
その中では模擬店が並び,食事や雑品が売られている。 ヘリコプターや戦車なども展示され
人気を集めている。
ただ一つ,ブリーズの方の計算違いは 本日の基地開放の時刻が 15:00からだったこと。
つまり一行は空腹と暑さに耐えながら,ゲート前で待機し,3時過ぎ やっと昼食にありついた。
しかし,食事はその分が 倍増して美味しく感じられた。
考えてみると, これも宮地さんたちには計算の内だったのかも知れない!。

ある人は・・休憩し・・・ 風光明媚 グラスボートにて
グラスボートにて 陸繋島  =海中道路= ・・・!?!?!?・・・
陸繋島  =海中道路= 米軍基地内 米軍基地内

 6月23日(日)
勝連フライト
ブリーズの方たちの すごい機転と大変な心遣いで 今日も ホテルは朝7時出発した。 今日は最終日だが・・・。 ここまで来ると もう ”最終日だけ男” も恨む理由がなくなり,むしろ歓迎ムードに変った。

早々 勝連テイクオフに着いたら少々風は強かったが,さすが ”最終日だけ男たち”だ。 早速テイクオフした。 私の機体では・・・?チョット心配だったが・・・テイクオフして見ると,案外安定で,コントロールも効く。

早速高度 +150mを確保。 しばらくリッジフライトを楽しみながら・・・,
でも足が速くないので ・・・,他の人より 少しランディング場(海辺)寄りで撮影を開始した。
所が・・・,しばらくして気がついた時はあっという間に高度をロスしてしまった。

山に近づけば復帰は十分計算できるが・・・,もし・・ダメだったら・・・
とてもライディング場に戻れる高度ではない・・・。 付近にはハブもいると聞いているし・・・。 結局,安全を見て フライト時間約 30分の誰よりも早いランディングになってしまった。
多少とも写真を撮ったのは救いだが・・・チョット残念!。

しかし,その直後,日本本土から40〜50人ものフライヤーが ここ勝連に集まった時には強風のため既に閉鎖され,我々以外は 誰も飛べなかった。
その中には かって神の倉メンバーだった工藤さん松島さんも含まれていた。
明らかにブリーズの方々の作戦勝ちだ!

 松島さんの友達に(スペインの青年)がおり,私も たどたどしいスペイン語を試していたら,さすが稲垣奥さん De donde esta usted ? とか Estoy estudiand el Espanol?とかQual musica qiere usted ? とか・・更に,私には分らない流暢で楽しそうな会話を続けていた。
一行は昼過ぎまで浜辺(ランディング場)で歓談したり,散歩したり,立ち上げ練習をしたり・・・, 思い思いに過した後,那覇空港に向かい帰路に着いた。
私は那覇19:55→台北経由→高雄着22:00 --明日からはまた仕事の追いこみ・・・だ!。

最終日だけ男  bP テイクオフ
ランディング場(浜辺)の立上げ練習 テイクオフでは40〜50人のビジター 強風に茫然 往年の工藤さんも松島さんも健在

---





*2002-04
  日本帰国 2002−4/13(土) 〜/22(月)

今回帰国は業務目的だが,プライベート休暇や土,日を合せ次の日程

4/13(土); 高雄my apart発5:00AM。 台北・福岡経由で我が家到着は15:00
4/14(日); 神の倉
4/15(月); am〜pm県病院 眼科 (2月に処置した経過確認),デオデオで買物,
. . . . . . . . . 夕方,稲垣さん事務所訪問

4/16(火);
am坂 Fujiでの買物, . pm出向元会社(呉工場)訪問〜
4/17(水); 〜東京へ移動〜, pm出向元会社(市川工場)訪問 。
        〜大阪へ移動(大阪 泊)

4/18( 木); am本社訪問,打合せ。 . pm出向元会社(大阪工場)訪問〜
      
. 〜広島我が家着22:00

4/19(金);スーツ(式服)購入,及び家でパソコンいじり等。
4/20(土);
神の倉
4/21(日); my奥さんgoods買物,近郊ドライブ-音戸大橋(さつき見物)
4/22(月);広島から福岡経由で帰台

  帰国(4/13-土)
今回は事情により,高雄発 早朝 6:40の飛行機になった。
そのためアパートは 現地時間 5:00出発となったが,早朝,飛行機から見下ろす
谷間に霧を溜めた台湾の山々は
大変壮観な風景だった。
台北でのトランジット等も非常にスムーズに行き,我が家には15;00,昼間のうちに着いた。


 県病院(4/15-
前回,2月帰国時,沢山の小さい黒い点が見えたので県病院(眼科)へ行った。
特に異常はない様だが,1〜2ヶ月後,再度様子を・・・ということだったので今回も行った。
結果は異常なし・・・だったが,何しろ患者数が多いので終ったのは15;00頃だった。


 稲垣師匠事務所訪問(4/15- 夕方)
HPのことを教わるために,前回(2月)に続いて再度訪問した。
事務所の中は前回と同じだが・・・,

ご夫妻は 家に居る時は勿論(だろうが),事務所でも仲良く肩を並べて仕事をしている姿は本当に素晴らしい
。 私も・・・見習いたいと思っても・・・,でも・・うちの奥さんに断られるだろう・・・。 そんな訳で今日も18:00頃まで 二人の邪魔をして帰った。


 仕事のこと(4/16,17,18-火,水,木
遊びに比べると最も神経を使い,疲れることだが,今回はこれが帰国目的だ。
でも新幹線に乗っている時間は,景色を見たければ外を見,眠ければ眠り,退屈なら本でも週刊誌でもを読み,何か食べたければ食べ・・・,自然に身を任せれば心地良い揺れとも相俟って・・・,私にとっては最も自由で休息にも適した時間なのだ。



 神の倉(4/14-日,4/20-土)
こうして時々神の倉を訪れると,・・・・やはり神の倉の中毒は「ほんまもんの中毒」という感じだ。 イニシアル I (アイ)の二人は別格としても・・・,結構それに負けない人が沢山いる。
私も二人の I (アイ」)氏と一緒に4/14は3本,4/20は4本飛んだ。 特に4/20は一瞬ではあるが,神の倉からテイクオフして,一人浮き, gain 600m,1時間,荒谷山への谷渡りも果たせた。
*


.音戸大橋 (2002-4/21 ;日)
 日本は今,春本番。 つつじや さつき その他の花が本当に綺麗だった。
ちなみに台湾に帰ったとたん,もう,肌に突き刺さる様な陽射しと,汗ばむ暑さに浸された。
  「音戸の瀬戸」は その昔平清盛により切り開かれた。
幅 90mの瀬戸に架かる真紅の「音戸大橋」は橋梁長さ 172m,本土(呉市)から海を渡り島嶼部(倉橋島-能美島-江田島)を結ぶ橋として,また1,000トン級船舶が航行する海路をまたぐため螺旋式の取付道路をもつ高架橋は当時は珍しく,脚光を浴びながら(昭和36年)建設された。

 現在,「音戸の瀬戸」は急潮に加え,広島湾と 四国や瀬戸内海の島嶼部結ぶフェリーや貨物船,それに瀬戸の渡し船などがひっきりなしに行き交う交通の要所で超過密海路となっている。
 それらを眼下に見下ろす「音戸の瀬戸公園」は,4月始めには桜,下旬から5月には紅白のツツジが公園一帯に咲き乱れ,真紅の「音戸大橋」とマッチして一層素晴らしい風景が楽しめる。
音戸の瀬戸公園





*2002-02
  日本帰国 2002−2/06(水) 〜/24(日)


 今回帰国は身体の検査や治療で病院通いが多かった上に,合せて急に虫歯ができたり,突然親戚で不幸が発生したり・・・,過半が憂鬱な日程になった。
しかし,病院での処置については全て完了し心配ないのだが,私にとってはごく瞬間的な日本滞在中,突発事項も合わせ,これだけ集中的に対応ができたのは奇跡に近いタイミングだった。

帰国中の主な日程は次の通り
2/06(水); 高雄から福岡経由で帰国。我が家到着は22:00
2/07(木); AM〜PM 眼科検査-処置 ---夜;パソコン購入
2/08(金)〜15(金); 皮膚科手術&通院(毎日),
2/13(水);歯科治療,
2/14(木);皮膚科通院後 芸北ドライブ(木)購入PC調整
2/16(土);
神の倉
2/17(日);家事(雨天のため神の倉行き取りやめ)
2/18(月);〜22(金);19(火);眼科検査,
2/20(水);
稲垣さん事務所訪問
2/21(木);出向元会社(呉)訪問,
2/21,22(木、金) 叔父さんのお通や&葬式,
購入PC調整
2/23(土);AM台湾への土産品買物,PM
神の倉
2/24(日);広島から福岡経由で帰台


 2002/02/14 ; 芸北ドライブ
 これといって宛てがある訳ではない。県病院でガーゼ替え処置後,午後になってブラッと芸北まで。
今回の帰省は毎日々々病院通いだから・・・。
チョッとスキー場を見て・・・(ただ外から車を止めて見るだけ),・・・それから少し奥道へ入って,
雪道を運転して・・・帰るだけ!。 ただ,それだけ!
他人から見ると,馬鹿みたいだが・・・移動している間が,日常の雑事の一切を忘れ/運転の適度な緊張を保ちながら/ボケーッとできる===これが私とmy奥さんの精神休息法なのだから・・

         


 購入PCの調整(2/8〜23)
購入した目的の一つはウイルス対策として,現在使っているPCの中で,大切なデータや写真等を
バックアップしようと考えた。
しかし,試みているうち,両方のPCが同時に感染する恐れはないか???・・・等, 分らない頭なりに
次から次と,色々な課題や疑問が浮かぶ。
その度に試行錯誤し何日も四苦八苦の末・・・,結局は何も前進のないまま,give up・・!。
私の頭では残念だが,どうしようもない!


 稲垣さん事務所訪問(2/19金)
携帯電話に導かれながら稲垣ビルに辿りついた。彼は都会の一等地に所在するビルのオーナー。 事務所はビルの2階を使用し,奥さんと2人で事業を営んでいる。
目的はHPの作り方を教わることだ。 だが全く経験のない私にとっては殆ど理解できない。 稲垣さんもそれを察している。でも一応解った顔をしないと話しが進まない・・・。 かくして何時間かでひととおりの説明を受けた。・・・思いやられるのはこの後だろう!。

 この間稲垣奥さん
ずっとPCをバタバタ・・・。背面からの様子では「思考しながら,休まず,延々と・・・」・・ということは多分HPの原稿を書いておられたのだろう?。また稲親父さんと私の会話を妨げる電話も殆どなかった。
オフィスは万事平穏ということなのか!!。
毎日事務所で憂鬱な電話に追い回されている者にとっては・・・・・感じだった。


 神の倉(2/16-土,2/23-土)
2ヶ月ぶり訪れた。 様子はあまり変っていない・・・。 しかし自分の車が使え,日本語で通せるのは好い。
台湾でもワイワイ言ってはいるが,日本に比べれば行動半径も狭い,英語ではやはり孤独だ!。
神の倉メンバー本当に楽しそうだった!!
どの顔が一番楽しそうか?? 写真で確認して下さい。 しかし・・・私の答は言わない---!。






*2001-12
 日本帰国 2001−12/11(火) 〜/17(月)


 今回はJK発表大会の関係業務で帰国。大阪での任務を済ませた自宅へ帰省。
10月に受験した試験の合格証が届いた。 12/16(日)神の倉で2本飛んだ。沢山の人に会えて楽しかった。翌日早朝,再び台湾に回来。 総じて目まぐるしい 1週間だった。

帰国中の主な日程
12/11(火)〜 12(水); 我が社(大阪工場見学)
12/13(水); 本社で「自主管理活動発表会」に参加
12/14(金);自由行動 ; USJ、ルミナリエ
12/15(土); AM=買い物、PM=赤名までドライブ,
12/16(日);神の倉 パラグライダー
12/17(月);福岡から帰台


12/11(火) 〜13(木)【 自主管理活動発表会 】
QCサークル員9人(何れも台湾人)は昨日10日に大阪に来ている。 私は1日遅れて今日大阪入りした。
 12/11高雄→台北→関空から大阪入り。 12/12午前中大阪工場見学,午後発表練習。 発表者は中国語で喋り,通訳者(実は係りの者=日本語の台本を読むだけ)と交互に読むタイミング合せをした。

12/13(木) 愈々本番
参加は我社(日本)各工場からの選抜=6サークルと,子会社(我が台湾及びタイ)から各1サークルで
合計8サークル。 観客は社長始め,社員約200名。
 我が台湾チーム, 格別な指導をした訳ではないが,本番では実に堂々と発表し,他のどのチームよりも高い評価を得た。 今日に限ったことではない・・・
彼らは隠し立ても Shy 感も少ない。 一般的に表現力は日本人よりも大分上だ。


12/14(金) 【 ユニバーサルスタジオ, ルミナリエ 】  
オォーッ!今日に限りこの冬一番の冷え込み・・・!。 この9人を率いて総勢10人組、・・・最高気温5℃とか、風も強い・・・。
案内役の私も「USJ場内」は初めてだし・・・、何処からどう廻ったらよいのか・・・。
アトラクションは多い,・・でも人気の高い所は既に長蛇の列。 待ち時間50分とか,1時間以上とか・・・。 それに彼らはお土産も買い,神戸のルミナルエも是非見学したい・・・とあっては,とても満足の行く見学はできない。欲張らず適当に廻る !!ことを決心・・・


3D(立体)映像 ;
凄い!,迫力音響と共に爆弾が炸裂し,破片を身に浴びながら逃げ惑う経験。/ 銃口が向けられ思わず身がすくむ瞬間,銃弾はもう我が身を貫通している経験。/ 戦闘で崩壊したビルの中・・,突然すざましい銃声に包囲され,次第に狭まる包囲網の中を逃げ迷う経験。/ 思わず怪獣の手が伸びてきて掴まれたり,口の中に呑み込まれる経験。/ 時空を超えて宇宙船で冒険飛行する経験。
/ 断崖を真っ逆さまに突き落される経験。/ 猛スピードの宇宙船でコンクリート壁にぶつかり突き抜ける経験。・・・座っている椅子にも凄い振動や傾きや上下動が加わる。
・・映像とはいえ迫力満点の経験ができる。
でも次に行く人は事前に作戦を立てて廻る様お奨めする

一行は予定通りお土産も買い,16:30出門。



ルミナリエ;
JR神戸元町駅に17:20着。ここから会場まで徒歩5分。 しかし,まずは防寒対策に近くの南京街でラーメンや肉まんを立食いし,それからルミナリエへ。
・・ 通りはもう身動きがとれない,人群れのまっただ中だ。 18:00点灯。 何百万個か知らないが
あれだけのストリートに,あれだけの電球で,あれだけのモニュメントに飾りつけ,あれだけ莫大な人が集まる・・・何と!??
阪神大震災からの復興を期してのアイデアというが,さすが立派な名所になった!?

ユニバーサルスタジオ
ルミナリエ

この後彼らを大阪(ホテル)に届けて、私は広島へ。 23:00我が家に帰着----


 2002-12/15(土) 【 買物, ドライブ, 合格証 】
今日はmy奥さんが楽しみにしていたドライブの予定だった。
しかし,その前に車のオイル交換をし,台湾へのお土産や冬服等の買物を済ませたら14:00になった。
でも少し雪景色でも見ようと54号線を走ったが赤名で日が暮れた。  一応,道路脇の雪や白一色の広い田んぼを見たので引き返した。  今回はどうしたことか うちの奥さん,買物に熱中して,ドライブ気分が失せた様だ。 ・・・となると,何か私の方が物足りない感じになった。

     2001/12/15 ; 赤 名雪景色/赤名で日没折り返し



「一般旅行業務取扱主任者国家試験」合格証が届いた。
実は以前,旅行関係の仕事への興味から始めた。
しかし合格率は毎年10%前後。 私の様な頭の悪い者が仕事の合間にではとても・・・」と諦めていたが,今年は意地をはって受験した。
今更,この資格が私に役立つ予定はないが,久々に達成感を味わったことと・・・,勉強したお陰で,頭の中は既に世界中を隈なく旅行した。
これからは順次その実地検証をしていく人生目標ができ,人生の楽しみが倍増したことはやはり収穫なのだろうと・・・。

12/16(日) 【 神の倉で見たもの!? 】稲垣さんと石田さん今日も早々から神の倉にとりこ」 相変わらずのパラ中毒ぶりだ。
私も早く行きたいが・・・明日早々にはもう台湾へ・・・。 荷物や,差出年賀状やら・・・。 ハーネスを車に積み込み,昼過ぎに近藤婦人を誘って神の倉へ・・・。
早速山本さんにグライダーを借りて2本飛んだが,沢山の人に会えて楽しかった。

 山本夫人は相変わらず皆さんの面倒見がよい。  あーっ!? 、懐かしい顔・・・!井口夫人は以前から美人だったが更にあか抜けした。
武嬢はパラ焼け?の”黒光りスマイル”が魅力的だ。 稲垣奥さんは全身”幸せ一杯スマイル”・・・
しかし,
あれほどサイチャに来たがっていた人が皆何やらかにやら・・言って,腰砕けの様な言いまわしに変ってきたのが残念だ。


12/17(月)帰台 (&台北→高雄 車窓風景)
福岡から高雄へは直通便ない。 台北でトランジットは今回は,台北→高雄間を列車で帰った。
この目的には @沿線風景を見たいのと, A少し本が読みたいこともあった。
飛行機(国内線)に乗れば時間は早いが,家に着いて本を読むのというは至難の技だ。・・・でも列車だと5時間ゆっくり居眠りしながら本が読める。・・・・・それに運賃も安い。

話は@台湾の風景について
台湾西部は結構平野が開け,畑あり,田んぼあり日本の風景と変らない。
しかし違うのは, 所々に大きな果樹園があること。/ 民家も含め建物は木造も瓦葺きも稀少だ。/全てコンクリートか,鉄板か,スレートか,レンガでできている。
それと全建物の色は「神社やお寺の並み外れに鮮やかな朱紅色を除き非常に無彩色だ。/しかも,建築後ドス黒く汚れたり,錆びたり,色褪せしてもペンキを塗り替えるという習慣も少ない様だ。

窓枠や屋根など非常に個性的なヨーロッパスタイル,/奇抜な配色を自然景観との調和が素晴らしい。  シンガポールスタイル,/芝生のまん中に気ままな家を建てペンキ塗りや改造を楽しむアメリカスタイル,/同色同形の精密なマッチ箱を,ガムシャラ高密度に充填する日本スタイル・・・。
これに対し台湾の建物は景観よりも外観の美しさより紅色とキンピカの飾りつけを楽しむのスタイル・?。






*2001-10
  日本帰国 2001−10/09(火) 〜/22(月)

帰国中の主な日程
10/09(火) 台湾(勤務先)の担当社員を連れて関西空港に帰国した。
10/10(水)〜12(金)はPACZACの国際会議出席のため大阪出張
10/13(土) 彼らを私の在籍事業所である呉工場見学に同行
10/14(日) 神の倉に行ってフライト
10/15(月) AM久しぶり病院で健康診断、PM芸北までドライブ
10/16(火)〜19(金) 私の在籍会社(呉)に挨拶,台湾への土産の買い物,
     グライダーを別送(宅急便で福岡空港まで)〜等々
10/20(土)、21(日 神の倉でフライト
10/22(月) 福岡空港から帰台

 2001-10/10〜12 ;
    大阪でのPACZACの国際会議(大阪日航ホテル)

 2001-10/13(土); 音戸の瀬戸公園

 10/14(日) 神の倉,JUAN君
日曜日、ようやくその日がきた。喜び勇んで神の倉へ。
途中,車の中から稲垣奥さんに電話がつながり,「今日は神の倉清掃日。 午後JUAN君を連れてくる」とのこと。 午後になってやっと,荒谷1本,神の倉1本ぶッ飛んだ。凄く懐かしかった。

それからJUAN君。写真では何度も見ているが対面は初めて。 やはり顔は写真と同じ気立ても頭も良さそうな好青年だ。 早速,私のスペイン語をトライした
不確かな単語で,文章にならないスペイン語だが、一生懸命に気遣いし理解して呉れたのが嬉しかった。 日本にいれば稲垣奥さんと競い合って頑張ってみたいが無理だ。

10/15(月) 病院で健康診断 &芸北ドライブ
 久しぶり病院に行った(外国で暮らすとなると,日本での健康診断がないと不安だ)。 午前中に済んだので,その足で芸北までドライブした。     2001/10/15(月); 芸北ドライブ

 10/16〜19
私の在籍会社(呉)に挨拶やら・・,再び台湾へ帰る土産の買い物,それとデジカメやら,下着シャツやら,・・それからグライダーを別送(宅急便で福岡空港まで)やら,〜またもスーツケースの中身との格闘で飛ぶように忙しかった。

それもこれも20-21の土日に神の倉に行こうと思うからである。
結局,この帰省でmy奥さん孝行も出来ず,機嫌の悪いこと(>_<)。 帰省したことも良かったのかどうか。 それにしてもいつも,1度も休まず神の倉へ通うご主人をいつも愛想好く? 送り出すあの稲垣奥さんスマイルのルーツが聞いてみたい。


 10/20(土) 神の倉フライト
近藤婦人に連絡して朝早めに神の倉へ。 そしたら何と姫路美人が真っ先に迎えて呉れた。 こんな時間に着くためには家は何時に出たのか?,それとも昨日仕事が終って出かけて来たのか…?
でもしっかり目的を持って動いている人の顔は一段と輝いて見えた。 本日は私が荒谷トップバッターだった。コンディションは後で聞くと,私の飛ぶのを見て「あの稲垣さんまで引っ込んでしまった」という話だった。  本日は結局、荒谷山から3本。
    
 今日は私が荒谷トップバッターだった。コンディションは後で聞くと,私の飛ぶのを見て「あの稲垣さんまで引っ込んでしまった」という話だった。 本日は結局荒谷で3本。
 夕方,折角朝早く姫路から来ていた人は何を考えていたのか「まだ1本も飛んでいない」という。 神の倉で1本飛ばせてやりたかったが,既にチョット時間が遅いのと、テークオフの風がフォロー基調で止めざるを得なかった。悪しからず。 

 10/21(日) 明日はもう台湾へ_
本当は今日,神の倉で1本でも飛びたいのだが・・・朝から雨。 でも内心は安心した。 お陰で荷物の整理がはかどり,my奥さんとチョット近くのホームセンターや100円ショップを廻った。
お陰でうちの奥さんからの反発も最小限ですんだ。 22日出発の際は新幹線ホームまで見送りにきた

 10/22(月) 帰台
外国といっても電話は国内と一緒。用事ができればその日のうちにも帰られる。 私自身は遠くという感覚は何も無いのだが・・でも空港でパラを預けたら手荷物重量超過代13,300円要した。 やはり遠いのかなぁ(^♪^)〜。
田さん1月は皆を誘って来て下さい。すごく広く,安定していて皆もやさしいし,べ物も・・・。